2020.09.12
今では想像もできないが、ほんの数か月前まで連日立ち見が出るのも当たり前の超満員になっていた寄席の興行があった。今年の2~3月にかけて新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場で行われた「六代目神田伯山真打昇進襲名披露興行」だ。
出だしの新宿は、日替わりゲストの多彩さでも注目された。三遊亭好楽、三遊亭円楽、桂文枝、桂文珍、笑福亭鶴瓶、立川志らく、毒蝮三太夫、高田文夫、爆笑問題、一龍斎貞山ら、誰もがその名を知る師匠・先生たちが日替わりで花を添えたのだ。
合わせて注目されたのが、Youtubeチャンネルの「神田伯山ティービー」で、その日に撮影した楽屋風景を、翌日の昼には15分ほどに編集して見せるという早業で披露興行の賑わいを伝え、驚異的な再生回数を叩き出した。それを見て、実際に寄席に足を運んだ人も少なくなかったはずだ。
大物ゲストとの楽屋でのやり取りはもちろん、落語芸術協会の三遊亭小遊三師匠や春風亭昇太師匠ら幹部、そのほかのベテランの師匠方、伯山先生とともに精進してきた若手真打や二ツ目の落語家が、決して広くはない寄席の楽屋にひしめきあい、出番前や後の時間を過ごしている。楽屋内での撮影は二ツ目の落語家。いわば身内が撮っているという気安さで、誰も気取ったり飾っていない。寄席の楽屋という場所でどんな会話が交わされ、どんな時間の過ごし方をしているのかをリアルに知ることができたのは、ひょっとするとこれが初めてかもしれない。
おかげで、
「今日のお客様、どんな感じです?」
「『ブルボンのはごろも』で半分くらい笑う感じかなあ」
「ああ、日曜だから半分は寄席に初めて来たような方かもしれませんね」
みたいな会話だとか、
「この年になると、どうもセガレの立ちが悪くて」
みたいなボヤきも聞けた。
そもそも落語家が着物を脱いで、肌着とステテコだけで寛いでいる風景を自宅で見ることができるだけでも貴重だ。普段着の楽屋風景が映し出され、しかも見飽きることがないのだから、寄席の楽屋というのはやはり異世界である。
この「神田伯山ティービー」、驚いたことに2020年夏にギャラクシー賞のフロンティア賞を受賞。ギャラクシー賞は放送批評懇談会が優秀番組・個人・団体などを顕彰するもので、NHKスペシャルやドラマシリーズなどに与えられることが多い権威ある賞だ。撮影・編集・音響など技術的な確かさを保ちながら、他のメディアが扱えなかった内容の番組を送り出した、まさにフロンティア(開拓者)としての立場が評価された形だ。
披露興行の密着映像をアップした後、世間はコロナ禍による長い自粛期間に入ったが、その間も全19話に及ぶ連続講談を字幕付きでアップしたり、講談界を背負う先輩や後輩との座談を企画するなど、コンテンツをますます充実させている。講談という話芸の面白さ、講談界に生きる人々の魅力を伝えようと必死だ。
新宿、浅草、池袋の、延べ29日間、29回にわたる「密着」シリーズは、いつでも見ることができるようにアーカイブとして残すらしい。愛すべきベテランや、怖いもの知らずの若手の姿を見ているだけで、芸人にとって寄席がどれだけ大事な場所なのかがわかる。
ついでに、この映像を5年後、10年後に見返すことができたなら、「あの人、この当時は大人しくしていたんだな」というような発見もあるだろうな、という気がする。
2020年2月中席(11~20日)、新宿末廣亭の披露興行(神田伯山ティービーより)
1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。