緊急事態宣言と休業要請を受けて5月1日から閉じていた寄席が、GW明けの5月12日に再開したので、まずは浅草演芸ホールと新宿末廣亭の昼席に行ってみました。
浅草は本来ならば落語芸術協会の新真打披露公演が昼夜で行われていたはずですが、出だしの5月上席(1~10日)の新宿末廣亭が休席を余儀なくされ、公演そのものが40日間延期されたため、予定されていた顔ぶれを組み替えて通常興行を行うという異例の展開に。トリをとるはずだった新真打が早めの出番になり、その師匠方がトリをつとめ、寄席で一緒に修業をしてきた仲間や先輩たちが脇を固めるという、それはそれで面白そうな番組です。
昼の部、開演したばかりの早い時間に出てきた新真打の三遊亭小笑師が、頭の後ろ側から出てくるようなふしぎな声で「ツーっと飛んできて、ルっと止まった」なんて落語を聞かせ、会場を湧かせます。ちなみに三遊亭笑遊(ショウユウ)師の弟子なので小笑(コショウ)、ここも師弟の仲は良さそうです。もう一人の新真打である笑福亭羽光師は仲入り休憩後のクイツキに出てきて、「真打だからエロネタは封印しろと言われましてね」と、古風なスタイルで上方落語の「貧乏花見」を聞かせます(東京の「長屋の花見」の元になった落語です)。ほかに浪曲の玉川太福さん、桂伸衛門師ら仲間が気合いの入った高座を務め、音曲の桂小すみ師が「櫓太鼓」という三味線の曲弾きを聞かせれば、後に続く人間国宝の神田松鯉先生が「谷風の情け相撲」(落語「佐野山」の元になったネタ)を読むという、ライブ感に満ちた流れ。トリは笑福亭鶴光師の代演で爆笑派の桂文治師が務め、外では酒が呑みにくいこの時期に「親子酒」を聞かせてくれました。
同じ5月中席の新宿末廣亭昼の部は、五代目小さん門下の高弟である柳家権太楼師が仲入り前、柳家さん遊師がトリを務め、仲入り後の後半には漫才のロケット団、春風亭一之輔師、林家正蔵師、太神楽の鏡味仙志郎・仙成師という実力派をずらりと並べた、これまた魅力的な番組。前半、「歌丸師匠が死んだような気がしないんですよう」と思い出話を語る、というよりは喋った林家木久蔵師、新作落語台本コンクールの受賞作「カラオケ刑務所」を、「こんなもんで賞金20万円が貰えるんですよ」の前振りで語る桂才賀師の高座が、なんとも寄席らしい味わい。権太楼師の「今は立派な椅子になりましたが、昔の末廣亭の客席は一時間もいたら節々が痛くなる拷問台でしたよ」には笑ったし、トリのさん遊師はこの時期にぴったりの「船徳」をとろとろと聞かせてくれる。こちらはウェルメイドな寄席という印象でした。
語る人、話す人、喋る人、見せる人、聞かせる人……さまざまな切り口の芸が入り混じり、小さなピークを作ったり、それを緩ませたりしながら、トリに向けて徐々に盛り上げていく。それが寄席の楽しさで、スタイルに違いこそあれ、浅草にも新宿にもその精神を感じることができました。一方、この情勢では仕方がないとはいえ、高座の上の熱量や工夫に比べて客席が寂しい。少ないながらもよく笑い、反応するすばらしいお客さんばかりでしたが、いかんせん数が少ない。こうした状況が長く続いていて、楽しませてもらって申し訳ないような気分を感じながら帰宅することが多いのです。
そんな矢先に始まったのが、落語協会と落語芸術協会が合同で起ち上げた、都内の寄席を支援しようというクラウドファンディングです。東京の寄席を活動の拠点にする2つの大きな団体が、大切な場である寄席を守るために声を上げてくれたのですが、その訴えの内容は切実でした。
昨年2月以来、コロナ禍で客足が急激に落ち込み、国や都の要請で休席を余儀なくされ、寄席は廃業の瀬戸際に立たされていたというのです。借金を重ね、合理化をはかりながら、ぎりぎりの経営を続けてきましたが、今のままでは未来の見通しも立たない。昨年4~5月の休席期間中は国から補償金が出ましたが、その額はわずかで、それ以降の時短要請や、今年5月の休業要請については、一切の補償がない。手をこまねいているうちに、寄席という土台が崩れ、200年近くにわたって受け継がれてきた落語や演芸そのものが、危うくなるかもしれないのです。
そこで、本コラムでもおなじみの上野鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、さらにお江戸広小路亭(場所は御徒町。芸協、立川流、五代目円楽一門会、講談協会、日本講談協会などの団体が定期的に寄席興行を行っています)の5軒の寄席に、まとまった金額を手渡したい。プロジェクトの締め切りは6月30日。当初の目標額は5000万円でしたが、これは4日ほどで達成され、現在は8000万円を目標に継続中です。寄席の木戸銭とほぼ同じ1口3000円から参加できます。
[寄席支援プロジェクト]のページ
https://readyfor.jp/projects/yose
もちろんこれまでにも寄席人気が下火になり閑散としていた時代はありましたが、それでも正月、GW、夏のお盆、秋の連休には当たり前のように立ち見が出る賑わいで、それ以外の時期でも三平師、志ん朝師、談志師、小三治師、小朝師、歌丸師のような時代のスターが出演すれば大入りにはなりました。稼げるときに稼いで悪い時期をしのぐことができたので。しかし、去年から今年にかけては頼りの正月とGWがまったく商売にならなかった。お盆も秋の連休も、来年の正月も、こうなるとわかったものではありません。ワクチン効果などで数年後にいくらか状況が落ち着いたとしても、これだけ人の行動様式が大きく変わると、すぐに寄席の観客となって戻ってきてくれるかどうかもよくわかりません。
この数年で、寄席に来る若いお客さんが増えてきたのはいい傾向です。でも、それだけでは不十分です。年に1、2度誘い合わせて寄席に来てくれるような家族連れやグループおじさん、おばさんたちにも、再び戻ってきてもらいたい。そして、どこかのデパートの食品売り場で買った弁当のおかずを客席で交換するという、脇で見ていて鬱陶しいことこの上ない光景を、また見せてほしい。バラエティーに富んだ芸人と同じくらいに、バラエティーに富んだお客さんが来てくれてこそ、寄席は活気づくのです。再びそんな日が来るまで寄席が存続するよう、このプロジェクトに参加し、お見守りください。
新宿末廣亭5月中席昼夜の出演者。毎日、これだけの数の芸人さんが出る寄席が
都内にいくつもあるからこそ、演芸の歴史は厚みを増していく
1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。