『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。
2023.3.18
ハタ類は、買うときは覚悟がいるくらい高いが、手に入れて食べたら安く感じるほどうまい。だから高級魚なのだ。ただ、ハタにもいろいろある。
2023年2月、鹿児島からハタを送ってもらった。ハタを知っているだけで魚通という昨今だが、知名度の高いクエでも、関西・瀬戸内海で人気のある「あこう(キジハタ)」でもなく、最近高騰している大型のヤイトハタでもチャイロマルハタでもない。
例えば東京豊洲市場は市場としては日本一の規模を誇り、魚に精通しつくしているプロの巣窟といってもいいだろう。そんなプロ達をしても1割か2割程度しか知らない無名のハタ、それが今回のハタだ。
鹿児島で競り落としてもらうと、予想通りの高値であった。とても魚(食べ物)とは思えない値段だった、と言った方がわかりやすいだろう。もしも都内で本種の刺身を食べたら1人前3切れか4切れで2000円以上になる値段だ。ただし、味は予想を上回るものだった。
刺身、清蒸(蒸し魚)、煮つけなどにして、あまりにもうまいので言葉が消えてしまい、味のメモすら書けなかった。
ハタ類にはひとつだけ問題がある。種によって味に違いがあるのかどうか、という点だ。今回のハタの重さは2.4キロだったが、味は同じサイズのクエとあまり違わない気がする。少なくとも、目隠しして食べて、ハタの種名を当てろと言われて当てられる人はいないと思っている。ハタ類が高くなる最大の要素は大きさだ。例外はあるが、ほぼ全種に当てはまると考えている。
ハタという曖昧な言葉でくくられる魚は、ハタ科スジアラ属、ユカタハタ属、マハタ属、アカハタ属の4属(属は近縁種というくらいの認識でいい)の魚であり、ここに含まれる種は数百もある。当然、ハタ科のハタで流通上名無しの権兵衛、単にハタとしか呼ばれないハタも無数にある。国内に生息しないハタはともかく、生息していてもめったに揚がらないハタもたくさんいる。種固有の地方名(日本各地で使われている呼び名)すらないハタたちである。
そのひとつが、今回の主役、カケハシハタだ。100キロ以上になる大型種がいるハタ科の中では小型で、大きくなっても3キロ前後にしかならない。珍魚とまでは言えないが、水揚げ量は信じられないくらいに少ない。
先にハタ科には4属あると述べたが、いちばんハタらしいハタであり、もっとも国内で高値がつくハタは、本種を含むアカハタ属のハタである。このアカハタ属のハタは春から夏にかけて産卵後の痩せた個体以外は、季節を問わず猛烈に高い。
本種は主に小笠原諸島、鹿児島県島嶼部以南で水揚げがあり、見た目は決してきれいなわけでもなく、敢えて言えば薄汚れた感じがする。薄汚れた感じがするだけならまだしも、ハタの仲間はただでさえ同定(なんという種なのかを調べる)が難しいのに、イヤゴハタ、ホウキハタというそっくりさんが2種もいるのである。そしてこの地味ハタ3種は揃いも揃ってマイナーな存在なのだ。
最近の流通の場にいる人達はネットを活用、さらに図鑑片手なので標準和名(図鑑などに掲載されている名)で売られることが多い。流通魚を標準和名までたどる、というのは2010年以前にはあり得ないことだった。
この情報化が進んだ流通の世界で、じょじょにではあるが難易度の高い本種を単にハタではなく、標準和名(ここではカケハシハタ)でわかる人が増えている。
今回も鹿児島から標準和名のカケハシハタとしてやって来た。これがいかに画期的なことなのか。わかる人は世の中にほとんどいない。
徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。