2016.03.01
プレミアリーグでのレスターの信じがたい快進撃には、ぼくももちろん興奮をおぼえている。けれども、これをスポーツ史上最高の物語だとする言い方には、ぼくが「現在へのバイアス」と呼ぶものが大きくはたらいていると思う。
もしもレスターが優勝したら、スポーツ史の偉大な物語の「ひとつ」になるだろう。しかしイングランド・サッカー史のなかでも、最高の物語と呼ぶのは正しくないと思う。実はわりと最近にも、イングランドのサッカーにはもっと注目すべき物語があった。
1977年、ノッティンガム・フォレスト(中くらいの地方都市を本拠地とする中くらいの規模のクラブだ)は2部リーグで3位に入り、1部リーグ昇格をぎりぎりで決めた。最初のシーズンに、フォレストは1部リーグを制した(以後、イングランドでそんな偉業を成し遂げたクラブはない)。
そのためフォレストは翌シーズンのヨーロピアンカップ(現在のチャンピオンズリーグの前身)の出場権を得て、しかも優勝した。そのうえ翌年には、なんと王座を守った。
レスターの躍進にはしかるべき敬意を払いたいが、このときのフォレストを越えるのは簡単なことではない。
フォレストは1999年を最後に1部リーグに入っていないから、最近のファンはフォレストについて考えたことも、その栄光の時代について聞いたこともあまりない。じっさい、イギリス人男性のあいだでは「チャンピオンズリーグで優勝したことがあるイギリスのクラブは?」というクイズが、よく行われる。「そのなかでチャンピオンズリーグを2回以上制し、決勝で負けたことのない唯一のクラブは?」とも質問する。ヒントを出そう。「5つのクラブとフォレスト」
フォレストの偉業は、監督だったブライアン・クラフとアシスタントであるピーター・テイラーの才覚のたまものとされる。クラフはイギリスのサッカー史上最高の監督といわれることが多い(あるいは「イングランド代表の最高の監督になる機会にめぐり合わなかった人」とも)。
クラフはこの賛辞にふさわしいと、ぼくは思う。同じような偉業をダービー・カウンティでも成し遂げているからだ。やはり中くらいの都市を本拠地とする中くらいのクラブを、2部から引っぱり上げて1部リーグの王者にしたのだ(1972年、1部リーグに昇格して3シーズンめのことだ)。
面白いことに、ダービーとフォレスト、そしてレスターのあいだには共通点がある。どれもイースト・ミッドランズにある。イングランドで最もファッショナブルなわけでもなく、最もリッチなわけでもなく、最も人口が多いわけでもない地域だ。
3つとも、意外なクラブがつくり上げた信じがたい物語。けれども、そのなかで最も偉大な物語をつむいだのはフォレストだ。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)