2018.03.01
ぼくの大好きな本に、ケイト・フォックスの"Watching the English"がある。初めて読んだのは2011年、それまで20年のあいだほとんど海外で暮らしたあと、イングランドに戻ってからのことだった。(イギリス人の)人類学者がイギリス人の癖や習慣を観察した作品なので、自分が母国の人たちと"再融合"するのに役立つのではないかと思って購入した。外国暮らしが長かったから、イギリス人の風変わりなやりかたを身につけなくてはならないだろうと思い込んでいたのだ。
ところがどっこい、納得のあまり思わず笑ってしまうことのほうがはるかに多かった。「だから自分はああいうふうにするんだ!」とか「なんだ、それってイギリス人らしいことで、ぼくだけじゃないんだ!」とか。いろいろな意味で、自分はやっぱり根っからのイギリス人なんだとわかった。
先日、たまたまこの本を改めて手に取る機会があり、自分のイギリス人ならではの性癖を新たに意識した。
この本のなかにおもしろい箇所があって、イギリス人は相手をよく知らないうちはなかなか個人的な情報を明かさないと解説されている。パーティで会ったばかりの相手には、著しく興味をそそる話は秘密にしがちで――少なくとも自分からは話さない。離婚のドロ沼にどっぷりはまり込んでいる、自分はバイオリンの演奏家、ケイト・ミドルトンと同級生だった、というような話だ。イギリス人は、(相手の負担になるかもしれないので)悪いことも(自慢ととられるかもしれないので)よいことも話そうとしない。
ところがフォックスの指摘によれば、イギリス人は出版物ではこの手の話を、きわどい部分までこと細かに明かしたがる。フォックスはこれを"原則の存在を示す例外"と見なしている。新聞にコラムを書いたり、自伝を発表したりするような立場にあるイギリス人は、ごく限られているとはいえ。
今回この話が目に留まったのは、ぼくがオックスフォード大学を出てから25年のあいだ、この有名大学の出身であることを話した相手は、せいぜい2、3人じゃないかと思うからだ。出身大学はどこかと単刀直入に聞いてきたオーストラリア人には、話した覚えがある(ぶしつけなことを聞く女性だと思った)。友人の息子さんにも話したのは、「この人だって行けたんだから……」と思ってほしかったからだ。
にもかかわらず、最近ぼくは1冊まるごとオックスフォード大学での学生生活を綴った本を書き終えたばかりで、たくさんの人たちに読んでほしいと心から願っている。この本にはずいぶん長いあいだ取り組んで――ブログを長期間お休みしてしまい申し訳ない――そのあいだ幾度となく「こんな話をしちゃっていいのかな」と自問した。個人的な体験を、あたかも他人の興味を引く話であるかのように書くなんて、いったいどういうふうにすればいいのだろうとも考えた。
例えば大学の試験制度について、自分が(最高の成績である)"第一級"を取ったことにはふれないまま書きたい誘惑にかられた……けれど、思いきって成績の話も書いた。とりわけ悩んだのは、ぼくがいわゆる特待生だったことにふれるべきかどうかだったが、大学での経験の一部を読者に伝えないほうが不自然に思えた。つまるところぼくのねらいは、オックスフォード大学のありようについて、自分にできるかぎりの情報を提供し、解説することにあるのだから。
そしてぼくは、ここでもその話を書いている。自分が特待生で第一級を取った話なんて、今まで誰にもしたことがないと、確信をもって言えるにもかかわらず。
だから本の校了から数日後に、自分のやっていることが非イギリス人的であるどころか、イギリス人のぼくらに典型的な行動だという一節を読んで、胸をなでおろしたわけだ。これってありなんだ! ありがとう、ケイト・フォックス。
マスメディアよりも出版物でそういう傾向が強くなるという、フォックスの見かたは興味ぶかい。イギリス人の場合、赤裸々な内容の自伝を書いておきながら、テレビのインタビューでははるかに寡黙になる。一定の範囲では、プライバシーの原則が存在を主張し始めるのだ。そして同じ人物でも、私的な集まりとなると詳細を論じることにまったく乗り気ではなくなるだろう。フォックスが述べているように、プロのモデルにプライベートなディナーの席で裸になることを求めるようなものなのだ。
だから、ぼくの本はぜひ読んでほしいのだけれど、内容についてぼくに質問はしないでもらいたい。何しろぼくは、イギリス人なもので。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)