2016.04.25
先日、ぼくは不思議な手紙を受け取った。差出人の名前はなかったが、消印の郵便番号は北ロンドンの「N5」だった……。
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親愛なるアーセナル・ファンへ
私がこの手紙を差し上げるのは、「聖トッテリンガムの日」の祭りが今年は行われそうにないことをお知らせするためです。
「聖トッテリンガムの日」が前回行われなかったときから20年以上が過ぎており、若いアーセナル・ファンはこの祭りが毎年恒例のものではないことを知らずに大人になりました。けれども私は、すべてのアーセナル・ファンに注意をうながしたいと存じます。といいますのは、もっと年長のファンも、この祭りが毎年恒例の行事ではなく、本来は実現の保証がない出来事を祝うものだということを忘れていると思うからです。
「聖トッテリンガムの日」は、アーセナルが「北ロンドンのライバル」であるスパーズ(トッテナム)よりもリーグの上位でシーズンを終えることが数字のうえで確実になった日をいいます。ここで誤解が生じていることを遺憾に思いますが、過去20年にわたってずっとこの日が訪れてきたからといって、これからも必ずやって来るという保証はないのです。
あなたは「聖トッテリンガムの日は,毎年いずれは来るようだ」という話を耳にしているかもしれません。過去10年のうち4年は、シーズン最後の日にあたっていました。今やるべきことは、今シーズンはこの日が最後まで訪れない可能性が高いという現実に心の準備をすることです。
みなさんの一部の方は──それが誰のことかは、みなさんにはおわかりでしょうが──スパーズがどんなにいいシーズンを送り、アーセナルがどんなにひどいシーズンを過ごしても、最後には必ずアーセナルがスパーズより上位で終わると高言してきたことでしょう。そんなみなさんのひとりは、アーセナルが「北ロンドン・ダービー」に敗れたあとでスパーズ・ファンにけっこう挑発されたためだったとはいえ、アーセナルがスパーズより上位になるのは「サッカー界の重力」だとさえ言い放ちました。覆ることのない自然の法則だというわけです。
あなたはいま感じている気まずさの責任を、ご自分で背負わなくてはなりません。「サッカー・サポーターの契約」の第3条第2項を参照してください(「おのおののファンは、サッカーの運命をつかさどる神々に挑戦するような行為をしてはならない」)。
スパーズのファンが長年にわたってあなたにしてきた浅はかな自慢話を思い起こすのはかまわないでしょう。いわく、今シーズンのスパーズはアーセナルを勝ち点で10ポイント上回る(2002-03年)、アーセナルからスパーズに来ても試合に出られる選手はいない(2011年)、スパーズの選手がイングランド代表のワールドカップ優勝に貢献する(2010年)、「北ロンドンの勢力地図に変化が起きている」(過去10年間、スパーズがアーセナルを破ったり、リーグ順位で一瞬だけ上回ったときはいつでも)……。
しかしスパーズがアーセナルより上位でシーズンを終えたときに(今季はそうなりそうなのですが)、こんな話をほかのスパーズ・ファンに向かって腹いせに投げ返してはいけません。「ファンの大言壮語の権利は、これを認めない」(第9条)。あなたは自分に与えられた屈辱を、できるかぎり品位をもって受け入れなければならないのです。
今シーズンは「下克上」の展開だったことに、あなたは慰めを得ようとするかもしれません。開幕時には優勝オッズが5000倍だったレスターが、いま首位を走っています。アストン・ビラは最下位が決定し、28年にわたってプレーしたトップリーグから降格します。
ですから、私はここで強く申し上げたいのです。「聖トッテリンガムの日」の祭りが次も開かれると、当たり前のように考えるべきではないということを。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)