2016.06.01
ぼくは先日、ペンギンの乗った台車をイルカが押しているところを目撃した。
この台車は、荷物を運ぶときに使う普通のものだった。疑問に思った人のために書いておく。でも、いちばん疑問に感じるのは別の点かもしれない。
実際、ぼくにも何が起こっているのかわからなかった。ぼくは日本を訪れていたあいだに、サッカーの試合を見に来ていた。イルカというのは、もちろん本物ではなく、サッカーチームのマスコットだった。ペンギンもマスコットのようなもので、中に人が入っているのだが、彼(あるいは彼女)が何を表しているのかはわからない。
ぼくは次のように考えた。ペンギンの脚は短く見えるので(実はけっこう長い)、衣装をデザインするときに脚を作らなかった。衣装の「胴」の部分は、大きな足首にじかにつながるくらい長くなっている。これを着たら、中の人は小幅でしか歩けない。
衣装を屋内でテストしたときには、満足のいく結果が出たのかもしれない。ペンギンのマスコットはちょっとよろよろしながら、ぎこちなく、ゆっくり歩いた。本物のペンギンのようだった。
しかしスタジアムで、ピッチの外側にあるトラックを1周することにしたら、この衣装の欠点が明らかになった。マスコットたちはハーフタイムに登場して観客に手を振るのだが、哀れなペンギンは周りについていけないばかりか、15分のハーフタイムのうちにトラックを回りきれないおそれがあった。だからペンギンは台車に乗せられ、仲間のイルカの「ふろん太」がペンギンを押してあげることになった……。
人間の洞察力の弱さを示す物語が、ぼくは好きだ(ぼく自身も、そんな物語の主役に何度かなったことがある)。もしかすると最初に聞いたその手の話は、学校で先生が教えてくれたもので、イングランドのどこかのビルの屋上に使われたことのないプールがある……という話だったかもしれない。ビルを建てるときに、水の重さまで計算に入れていなかったためだという(今でも、本当だろうかと思っている)。
台車に乗ったペンギンを見て、20年以上前の別の出来事を思い出した。ぼくはガンバ大阪のJリーグでの最初の試合を観戦するという幸運に恵まれた(相手は浦和レッズだ)。日本にプロサッカーが生まれるのは歴史的な出来事だったから、お祭りムードをつくり、観客を楽しませるために、その日いろいろなイベントが行われた。ぼくの記憶がまちがっていなければ、スタンドは試合が始まる1時間以上前から満員だった。
この日のために用意されていた巨大なサッカーボールが、スタンドに蹴り込まれた。観客が突っつき回すことを期待してのことだ。試合中に起こるウェーブのように、このボールがスタンドを美しく転がっていく光景を、誰かが思い描いたはずだ。もしかしたらピッチの中で試しにボールを扱ってみて、何人かの人の手で移動させるには重すぎも軽すぎもしないことを確かめたかもしれない。
しかし本番になったら、重力というものが関係してきた。スタンドには、なだらかな傾斜がある。ボールはファンのところに届くと、彼らが手を挙げてつくる「斜面」を降りていき、ピッチに戻っていった。ぼくの記憶では、3〜4回はスタンドに返されたが、結局はお手上げだった。ボールがスタンドにとどまっていた時間は、せいぜい数秒だった。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)