2016.02.08
イングランド人はサッカーの話をたくさんする。
ぼくはアーセナルのファンだから、このクラブがプレミアリーグで優勝したり、FAカップを3大会連続で制する見通しについて話したいところだ。
でも、ぼくはその話はしない。
ぼくはチェルシーの驚くべき破綻について、マンチェスター・ユナイテッドの愉快な低迷について話したい。
でも、ぼくはその話はしない。
ぼくはスパーズ(トッテナム)のファンを何人か知っている。彼らは、スパーズが50年以上遠ざかっているリーグ優勝の可能性について話したいだろう。
でも、それは旬の話題ではない。
いまイングランドのサッカーで語るべきことは、ひとつだけ。レスターだ。
とはいえ、このクラブがなし遂げていることのすばらしさを、語りつくせるかどうかはわからない。
1シーズン38試合のうち25試合を終えた時点で、レスターはプレミアリーグで首位を走っている。1年前、レスターは最下位だった。20クラブ中の20位だ。
昨シーズンのレスターは、長いこと最下位だっただけではない。あまりに成績がひどく、プレミアリーグにとどまる見込みはまったくないとみられていた。
プレミアリーグでは毎シーズン、下位の3チームが降格する。ぼくはどのチームが降格するのか予想しようとしたのを覚えている。「レスターと、いま下位にいる5チームのうち2つだな」と、ぼくは思った。
昨季プレミアリーグに残留したことで、すでにレスターはサッカーの歴史をつくった。終盤に大変な好成績をあげ(最後の9試合のうち7試合に勝った)、人々はこれを「史上最大の大脱走」と呼んだ。
そんな偉業をなし遂げたクラブは、ふつうなら (1)流れを変えた監督を留任させ、(2)降格しそうな状況に再び陥らないよう新戦力の獲得に投資する。
ところが、レスターは監督を代えた。しかも現代のサッカー界の基準からいえば、使っている金は非常に少ない。
とても大まかに言って、今どき「まとも」な選手を買おうとすれば1200万ポンド(約20億円)はかかる。いいストライカーなら、3000万ポンド(約50億円)はかかる。「超一流」の選手となると、最近では値段のつけようがなくなってきた。レアル・マドリードがガレス・ベイルを獲得するために支払った移籍金は、推定で8600万ポンド(約145億円)前後とされる。
先日レスターが2位のチームを破ったときの先発メンバーは、11人合わせて2300万ポンド(約39億円)もかかっていない。先発選手で移籍金がいちばん高かったのは、推定700万ポンド(約12億円)の岡崎慎司だと思う。
レスターが破った相手はマンチェスター・シティだ。スコアは3-1、アウェイの試合だった。マンチェスター・シティの11人には、レスターの10倍以上の金が投じられている。
この試合の前まで人々は、いずれレスターが順位を下げるときが必ず来ると思っていた。
元イングランド代表主将で、現在はイギリスで最も人気の高いサッカー番組のホストをつとめるガリー・リネカーは、シーズンが開幕した週末にレスターが快勝したあと、愉快なジョークを言った。「レスターが首位です」。どこが面白いかといえば、レスターに在籍していたリネカーは、こんなことを言うチャンスは二度と来ないと思っていたのだ。
あれから6カ月たった今、人々はレスターが本当に優勝できると思っている。それだけでなく、多くの人が優勝してほしいと思っている。
ぼくはサッカーが大好きだが、限られたおなじみのクラブしか優勝できない風潮にはうんざりする。たいていは、最も金を使っている最もリッチなオーナーのいるクラブだ。レスターがこの流れを止めれば、サッカーファンのあいだに長く語り継がれる快挙となるだろう。なんといっても今シーズンが開幕したとき、レスター優勝のオッズは5000倍だったのだ。
ぼくはまだ、アーセナルのリーグ制覇を期待している。可能性は十分ある。でも心のどこかに、レスターの優勝を願う自分がいる。
まあ、アーセナルはFAカップで優勝してくれるだろう。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)