三賢社

— Web連載 —

中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第21回
(日本語) 寄席で講談を聞く

柳家小三治師匠の突然の訃報に驚き、さすがに寂しさを感じました。

晩年はホール落語のチケット入手が困難で、当日券で入れる寄席の高座を見に行くくらいでしたが、その日の寄席は前座さんの出番から独特の熱気につつまれ、ヒザの色物さん(たいていは紙切りの林家正楽師でした)が下がり、高座が整えられ、出囃子の「二上り鞨鼓」が鳴りはじめたとたん、客席全体が前のめりになるような瞬間を何度も目にしています。立ち見のお客さんがびっしりと詰め掛けているのが当たり前でしたが、日曜日の夜席だけはそれがいくらか緩む。人気の師匠の見に行くなら日曜日の夜席がいいというのを、小三治師匠の芝居で覚えたくらいです。

あのわくわくする瞬間をもう一度味わいたかった。それが二度と叶わないのが残念でなりません。

コロナ禍で寄席にあまり通えなかった時期、大切な芸人さんがほかに何人もこの世を去りました。

落語協会では漫才・ホームランの勘太郎先生(2021年9月18日、心不全で没)。詰襟の衣装を着たコワモテの風貌ながら、軽妙な動きのたにし先生とのコンビで、いつも明るい笑いを振りまいていました。浦安にあるあの有名な遊園地に雇われてステージショーでやっていたというネタ、何度見ても面白かった。

落語芸術協会では、江戸売り声の宮田章司先生(2021年6月21日、老衰で死去)。「お客さんのご贔屓でまたまた売れました」で始まる物産飴屋、「おでん屋じゃぞえ。おでんさんの出しょうはどこじゃいな」で始まる上方のおでん売りの売り声など、よそでは聞けないような物売りの売り声の数々を高座で聞かせてくれました。

寂しい話題は寄席には似合わないので、明るい話題を。落語協会と落語芸術協会とが合同で起ち上げた春に寄席クラウドファンディング。5~6月のほぼ1か月間で、驚いたことに1億円を超す額が集まり、それを上野、新宿、浅草、池袋、お江戸広小路亭などを運営する永谷演芸場の5軒に支援金として分配したのですが、その分配された資金ををもとに、上野鈴本演芸場の夜の部が、11月から開かれることが決まりました。

今年4月、新たに七代目席亭(寄席のオーナー)に就任した鈴木敦氏がYoutubeの鈴本チャンネルで語っていた話によれば、支援金を流用して夜の時間帯を落語協会に無料で貸し出し、顔付け(番組づくり)や運営も協会に一任するとのこと。「百日寄席 上野街笑賑(「うえののまちわらいのにぎわい」と読むのでしょう)」と銘打った5日単位の興行。その顔付けが鈴本のホームページにも少しずつ発表されています。

現在、上野鈴本は毎週月曜日が定休日なので、5日単位といっても実際には3~4日間の興行ですが、いずれも寄席ファンにはたまらない内容。主任が何をやるのか、演目も発表されています(これを「ネタ出し」といいます)。

幕開けの11月2日~5日はベテランの柳家小満ん(こまん)師匠の芝居で、初日は十八番の「寝床」。6日~10日はていねいな語り口が持ち味の古今亭今松師匠の芝居。7日の「らくだ」が私は楽しみです。

11日~14日(15日は定休日)は、師匠であり父でもある名をこの秋に襲名したばかりの古今亭圓菊(えんぎく)師匠の芝居。16日~20日は持ちネタの多い中堅真打の三遊亭萬窓(まんそう)師匠の芝居。

21日~25日(22日は定休日)は飄々と高座をつとめる中堅真打の入船亭扇好(せんこう)師匠の芝居。そして26日~28日は、何かと逸話が多く、定席でも滅多に見ることができない幻の真打のおひとり柳家小三太師匠の芝居です。その逸話のいくつかを吉川潮先生の著書『完本・突飛な芸人たち』で存じている程度ですが、そこにも書かれている「万金丹」はぜひ見たい。ちなみに名人と呼ばれた五代目柳家小さん師匠の十八番だったネタです。

ワクチン効果なのか大勢が注意を払ったからなのか、感染状況がやや落ち着き、寄席にも少しずつ観客が戻りはじめています。入場制限をしている寄席、解除した寄席、対応はさまざまですが、さすがに場内での飲食ができるようになるまでは、もう少し時間がかかりそう。せめて今の状態を維持したまま新年を迎えることができるといいのですが。

11月の上野鈴本演芸場の夜の部が楽しみ | 中村伸の寄席通信

鈴本演芸場に掲示された11月の番組予定。夜の部の出演者も発表されている。

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。