2017.08.25
ぼくは熊におびえ、鰐に震えあがり、鮫に心底ぞっとする。だが、どれも牝牛の怖さには遠く及ばない。
おもな理由は当然ながら、イングランドで野に放たれた鰐(あるいは熊)に遭遇する可能性は無きに等しいのに対し、何千何万頭もの殺人予備群が田舎を歩き回っているからだ。
この図体の大きな怪物が恐るべきものであることを知る人は、ごくわずかだ。圧倒的多数の人々は、牝牛の恐ろしさに気づかぬまま生涯を終える。そればかりかぼくのような、草をはむ牛の群れを避けるために何マイルも遠回りをする者を笑いさえする。
ある日の午後、20頭ほどの牝牛の群れと対峙することがなかったら、ぼくだってものを知らないおめでたき多数派のままでいられただろう。
私有地を抜けるパブリック・フットパス(公共の自然歩道)を通っていたときのこと、あたりに牝牛が放牧されていたのだが、それ自体はべつにめずらしくはない。ところが間の悪いことに、敷地からの手近な出口はそこしかないのに、柵をまたぐための踏み段の真ん前に牛の群れが陣取っていた。ぼくが行くまでにどいてくれるよう願ったが、そうはいかなかった。
あろうことか、近づいていくと牛が――1頭残らず――こちらをねめつけているのがわかり、その視線はあまりにも不吉で、思わず立ちすくんでしまうほどだった。すると、群れがいっせいにぼくのほうへ進み始めた。まるでテレパシーによって蜂起を決めたかのように。
背を向けて立ち去れば落ち着くだろうと思った。なのに、牛が歩調を速め、硬い地面を蹴るひづめの音が響いてくるではないか。あの瞬間の恐怖とアドレナリンの奔流を、いまでもまざまざと思い出す。
幸い、ぼくは走って逃げる策をとらなかった。牛は鈍重に見えても、人より足が速いという。体重のせいで最高速度に達するまでしばらくかかるから、短距離なら逃げ切れる。だがぼくは、近くに逃げ道のない広大な草地に囲い込まれていた。
なぜだかぼくは、声を限りに叫んで腕を振り回しながら、群れへと突進することにした。最初は効果がないように見えた。だが"いちかばちか"の覚悟でふんばった。衝突の寸前に、ようやく群れは散っていった。
もし牝牛に追いつかれたら、おそらく頭突きをくらって倒れたところを踏みつけられる。牛が激高している場合は、地面に転がった相手に蹴りを入れたり、のしかかったりもする。かくしてあばら骨を折られ、肺を潰される。そうと知ったとたん、この体重700㎏のけものに対し、それまでと同じまなざしは向けられなくなる。多くの人が考えるような、むしゃむしゃと牧草をはむのんきな生きものではないのだから。
どうやらぼくは、まれな例だったらしい。牝牛の群れはふつう、犬を連れた人しか襲わない。犬を敵とみなし、力を合わせて身を守ろうとするのだ。だから、犬連れが心得ておくべきことはひとつ。犬をリードから放せば、牛は人間ではなく犬を追う(犬も牛から逃げられるはずだ)。また牝牛は仔牛がいると、人に立ち向かう可能性が格段に高くなる。(ぜったいに牝牛と仔牛のあいだに割り込んではいけない)だが、例の牛たちには守るべき仔牛はいなかった。
なぜあれほど嫌われたのかはわからない。牛に対する人間の所業に気づいたからではないか、という考えがまっさきに浮かんだ(「もっともだ」と思った)。みっともない死にざまをさらすところだったという、これまたくだらない考えも浮かんだ。「あいつは乳牛に襲われた」だなんて、滑稽な話に聞こえるではないか(滑稽でもなんでもないのだが)。
牝牛の襲撃は犬による殺傷事件ほどマスコミに騒がれないが、死者の数は犬の約4倍だ。(牝牛に殺された人の大半は農場労働者だ。"一般市民"に限って言うと、死亡者数は牝牛も犬もほぼ同じ)さらに、牝牛のほうが牡牛よりも人をたくさん殺している。世界規模では鮫を超える人数を殺しているのに、『ジョーズ』のスティーヴン・スピルバーグ監督が、『アダーズ』(乳牛)という映画を撮るとは考えにくい。
今年サセックス州で、年配の男性が牛に踏み殺された。これがニュースになったのは、被害者がオックスフォード大学の元教授で、"無針注射"の考案者だったからだろう。2009年には、デイヴィッド・ブランケット(元内務大臣)が牝牛から自分の犬を守ろうとして負傷した。ブランケット氏は目が見えないので、氏の盲導犬は愛犬という言葉では足りないほどの存在だった。もちろんこの件も報じられたが、たいがいの襲撃事件は地方のニュースにしかならず、人生を一変させかねない重症であろうとも、死人が出なければなおのこと報じられにくい。
牝牛が邪悪な生きものだと言っているわけではない。本能で動く動物であり、その行動は予測可能であったり不可能であったりし、いずれにしても人間にとって危険な存在になりうる。そのことをもっと認識し、まともな恐怖心をいだくべきだと訴えたいだけだ。もちろん、アダーズはラダーズ(はしご)ほど危険ではないとはいえ……。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)