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Buatsui Soup | コリン・ジョイスのブログ

ギャップ・ハウスで考えた

2016.04.18

ぼくは友だちに恵まれていて、この文章を書いている今とくに幸せを感じているのは、友だちのルークとシャーロットがロンドンにもっている驚くべき家に滞在しているからだ。ふたりはこの家を、しばらく前から何度もぼくに貸してくれていて、そのたびに「もし都合がよければ、留守番をしてくれない?」と言う。まるで、ぼくのほうがふたりの手助けをするみたいに(本当はその逆なのだが)。

ルークは建築家で、この家を設計し、建築の監理もビジネスパートナーのティムといっしょにおこなった。ルークも彼の妻もフルタイムの大変な仕事をしているのだけど。

この家は、ちょっと「セレブな」家だ。テレビで取り上げられたこともあるし、ときおり見学者を受け入れているし、人々が通りから写真に撮っているのを目にすることもある。家から表に出るとき、ぼくはルークたちになりかわって、少しドキドキする。通りかかった人たちはぼくのことを、ここに住んでいる幸運な人間だと思うだろうから。

家にはいくつか興味深い特徴がある。たとえば雨水をためておき、トイレを流すのに使っている (しばらく雨が降らなかったら、水道水から補充できる)。イギリスではトイレを流す水も、たいていは飲み水と同じように浄水処理されたものだから、なんとももったいない。

この家は自然光をふんだんに利用しているので、昼間に明かりが必要な場所は屋内にまったくない。家の「中心」に位置するらせん階段にも必要ない。

もっとすごいのは、水が地下50メートルに一定の温度で貯蔵されていることだ。そのおかげで、水をシャワーや暖房に使うとき、温めるためのガスを節約できる。

これらの特徴や技術に革新的なものはひとつもないかもしれないが、ふつうの住宅では見かけないものばかりだ。たとえば深い穴を掘ったり、ヒートポンプを設置したりするとお金がかかるし、投資した額に見合うほど光熱費を節約できるわけでもないだろう。けれどもこうした点が、ルークと彼のパートナーが営む事務所の精神と才能を表している。この家は快適さとかっこよさをそなえながら、地球にやさしい存在でいられる。

しかし本当に驚くのは、敷地にぴったり合う家を建てたことだ。両隣のふたつの建物の間には、幅3メートル弱のスペースしかなく、裏のほうへ行くともっと広くなる。ルークはこの土地に合わせて家を設計した。資材や設備を裏へ運び入れるのは、相当に大変な作業だった。

ロンドンの厳しい住宅危機には政治的な理由と経済的な理由があるが、大きな要因は住宅の供給そのものが少ないことだ。ルークは誰も家を建てられるとは思わないような場所に、4階建ての家族向け住宅を建ててみせた。

幸運なことに、ルークは(ぼくといっしょに)学生として神戸で過ごし、日本の建築が狭い土地や普通なら使えないようなスペースを活用していることを学んでいた(彼は安藤忠雄の作品にとても興味をもっていた)。

ルークとシャーロットの家(「ギャップ・ハウス」という名で知られている)は、イギリス建築界で最も権威ある賞のひとつであるマンサー・メダルを2009年に受賞した。社会性をそなえ、環境にやさしい(そして日本の影響も受けた)この傑作は、雨の休日を過ごして何か書いたりするには、うってつけの空間だ。

連載
コリン・ジョイス Colin Joyce
コリン・ジョイス
Colin Joyce

1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)