2016.07.25
ぼくが好きな話題のひとつは、イギリス人だから、やはり天気だ。
イギリスでは、みんな天気の話をするけれど、これはいささかおかしい。イギリスの天気はけっこう穏やかで、予想できる程度のものだからだ。冬にモスクワ並みの凍えるような寒さになることはないし、モンスーンも来ないし、たまらなく蒸し暑くなることもないし……大変なことは何もない。たぶんいくらかジメっとしていて、冬は暗いけれど、驚くようなことはない。
ぼくがちょっと特別なのは、イギリス人の理解を超えるような気候の都市(ニューヨークと東京)に住んだ経験があることだ。ニューヨークの冬は恐ろしく寒く、夏は恐ろしく暑いが、東京の梅雨と夏はもっとひどい。ぼくがイギリスの友人たちに、きょう東京は38度で湿度が101%あったと言ったら、友人たちは「こっちも暑いよ。28度だよ! うだるような暑さだ……寝苦しい……」などと言ったものだ。
もちろん、以前のぼくは、そんな言葉を笑い飛ばしていた。
けれども、イギリスに戻って6年がたった今、ぼくはこのイギリス特有の異様な感覚が理解できるようになった。イギリス人は穏やかな気候に慣れきっているので、気温が零下になったり30度を超えたりすると、どうしていいのかわからないのだ。
ここ10日ばかりは、とても暑い。本当に暑い! 何日か前には、35度になったと思う(イギリスの一部の地域で)(午後のある時間に)。ぼくの家の庭は、暑さと雨不足でやられている。夜のあいだに少しでも雨が降って、芝が元気を取り戻してくれないかと祈っている。
イギリスで家にエアコンをつけている人を、ぼくは知らない。たいていの人は、ぼくも含め、扇風機さえ持っていない。1年に平均して8日程度しか使わないものが、どうして必要だろう。だからイギリス人は、暑いときには外に出かける。
街に出ると人々はシャツを脱ぎ、半裸で歩き回る。昼下がりからビールを飲んだりもする(ふつうイギリス人は夜にならないと飲みはじめない)。トラファルガー広場の噴水に人々が涼を求めて飛び込む光景は、「夏の風物詩」になっている。
「暑くて溶けそう! もう何でもありだろ!」ということのようだ。
ロンドンではオフィスで働く人たちが昼休みに公園へ行き、下着だけになって日光浴をする。これが許されるべきかどうか、ちょっとした論争がある。女性のブラジャー姿は、ビキニのトップと同じくらいの露出度だが、もっとエッチな感じがしてしまう。
ヨーロッパの他の国では、もちろん女性がトップレスで日光浴をすることがふつうになっている。ベルリンの屋外プールにいたとき、隣でふたりの女性が水着のトップを取ったときの心の動揺を、ぼくは忘れない。彼女たちをちらちら見ていると思われていないかと気になって、しまいには場所を変えることになった(左側を絶対に、どんなことがあろうと見ないようにするのは、あまりにつらかったのだ)。
とにかく、イギリスでは暑い日が続いている。ある日、窓を全部開け放っても、あまり風が通らなかった。庭で過ごそうと思ったが、少し離れた家から聞こえてくる音楽にイライラしてしまった(「こんなに暑いんだから、何でもありだろ! 窓を開けっ放しにして、好きな音楽を大きな音で鳴らして、何が悪い!」と、その人は思っているのだろう)。
今夜も暑くて、不快な夜になりそうだ。助けて……。
いま確認してみたら、現在(夜11時)の気温は16度で、明日の予想最高気温は25度だそうだ。
1970年、ロンドン東部のロムフォード生まれ。オックスフォード大学で古代史と近代史を専攻。92年来日し、『ニューズウィーク日本版』記者、英紙『デイリーテレグラフ』東京特派員を経て、フリージャーナリストに。著書に『「ニッポン社会」入門』、『新「ニッポン社会」入門』、『驚きの英国史』、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの<すきま>』など。最新刊は『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(小社刊)