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中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第7回
披露興行で知る寄席芸人の世界

2020.09.19

春先に中断した落語協会の真打披露興行が、この8月、都内各所の寄席で再開されました。新真打となったのは、三遊亭丈助師(たん丈改め)、春風亭一左師、三遊亭志う歌師、玉屋柳勢師(柳亭一楽)、三遊亭歌扇師ら5人。8月下席(21~30日)に池袋演芸場で行われた披露興行にギリギリ間に合ったのですが、これがなかなかいい時間でした。

行ったその日は、春風亭一朝門下の一左師の披露目で、師匠の一朝師はもちろん、柳家小さん師、林家正蔵師、三遊亭圓歌師ら幹部も出演。春風亭一花さん、春風亭三朝師ら一門の先輩後輩が前方をつとめ、当たり前のように一左師のエピソードをあれこれ語って落語にはいります。観客の多くは一門のファンだったり、新真打を若手時代からご存知といった様子で、エピソードの一つひとつに笑ったりうなづいたりしながら、特別な時間を楽しんでいるようでした。

二ツ目時代に空き巣に狙われて大金を盗まれ、その翌日、悄然としながら池袋の楽屋に姿を現したという一左師の悲劇など、ハレの日に改めて聞くと、「そんなこともあったよなあ」という遠い昔の思い出のよう。ちなみに「東京かわら版」のインタビュー記事によると、被害額は100万円だったようです。

休憩の後、新真打と幹部がずらり5人並んだ披露口上があり、そこでも一左師の思い出話が語られます。一人の芸人が、寄席という場でこれほどクローズアップされることは滅多にありません。小さん師、圓歌師、紙切りの林家正楽師らベテランがサラリとした高座で場を整えた後、トリの一左師がかけた噺は、気が短くて手が速い職人と、それに輪をかけて威勢のよい大家さんが出てくる「三方一両損」。江戸前の落語をキリリと演じ、観客の期待に十二分にこたえていました。

こうした披露興行を見に行くと、主役となる芸人や、彼を育てた一門への思い入れが深まり、寄席芸人の世界を少しだけ身近に感じます。新真打といっても、実際は芸人としてのスタートラインに立ったばかりで、すぐに次の寄席の出番をもらえるとは限りません。ここから5年、10年かけて寄席の顔になっていくのが普通で、その成長や変化を見守るのも楽しみの一つです。

そうした意味では、披露興行をしていたらとりあえず中に入ってみるというのも、けっこう面白いもの。この9月、10月には、注目の披露興行がいくつかあります。

ひとつは、9月下席(21~30日)に上野鈴本演芸場からスタートする五代目三遊亭金馬の襲名披露興行。御年90歳の四代目三遊亭金馬師が二代目金翁に改名し、ご子息の三遊亭金時師が新しく金馬を継ぐという節目の興行。金翁になる当代の金馬師はテレビ草創期に「お笑い三人組」でお茶の間のスターになった師匠で、三代目は戦前・戦後を通してラジオで名を売った滑稽噺の名人。まさに大名跡の襲名披露ですから出演者も豪華です。上野(9月下席昼)、新宿(10月上席昼)、浅草(10月中席昼)、池袋(10月下席昼)と興行は続き、長老・金翁師も何日かは出演する予定です。

もう一つは、10月中席(11~20日)に新宿末廣亭からスタートする落語芸術協会の新真打披露興行。今年5月の開催予定が中止になり、改めてこの時期に行われるのですが、昔昔亭A太郎師、瀧川鯉八師、桂伸衛門師(伸三改め)という超個性派、本格派3人のハレ舞台。新宿(10月中席夜)、浅草(10月下席昼)、池袋(11月上席、昼か夜かは不明)と興行が続き、春風亭昇太師、三遊亭小遊三師ら幹部はもちろん、神田伯山先生、柳亭小痴楽師、漫才のナイツ先生ら、賑やかなメンバーが顔を揃えるようです。

入場制限の緩和などが話題にはなっていますが、9月19日以降、寄席がどう変わるのかはよくわかりません。披露興行はそれぞれ昼夜で観客の総入れ替えをすることになっているので、開演時間、入場料、出演者などは各席のホームページなどでご確認ください。

披露興行で知る寄席芸人の世界 | 中村伸の寄席通信

2020年8月下席、池袋演芸場の真打披露興行の大看板

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。