あいかわらず平日の昼席(昼の部)中心に寄席を楽しんでいます。先日、浅草演芸ホールに落語芸術協会(芸協)の新真打披露興行を見に行くと、看板猫のジロリがテケツ(チケット売場)で尻尾をパタパタさせて出迎えてくれたのですが、あれは何だか嬉しいものです。
柳亭小痴楽師匠、神田伯山先生に続く芸協所属の落語家・講談師ユニット「成金」から育った3人の新真打は、それぞれ味わいも豊か。昔昔亭A太郎師匠の明るさや高座姿の美しさ、瀧川鯉八師匠の独特な新作落語、桂伸衛門(伸三改め)師匠の一直線な古典落語と、それぞれのキャラクターもはっきりしていて、先立って行われた新宿末廣亭での10日間の披露興行は、連日連夜、2階席まで埋まるほどの盛況だったようです。この日の浅草もなかなかの入りで、開演直後から客席に熱気があり、ベテランや中堅の師匠方や色物の先生方の盛り上げもあって、4時間を超える「芝居」にもかかわらず、笑い声が途切れることがありませんでした。前回のコラムで紹介したボンボンブラザース先生方も大活躍。見に来た方は「寄席は楽しい場所だ」という印象を深めてお帰りになったことでしょう。
感染拡大で身動きできなかった年配の落語ファン、寄席ファンがこのところ少しずつ戻ってきた気配はありますが、それも限定的なのでしょう。人材は揃っているのに、客席は空いていることも少なくない。それでも休むことなく毎日木戸を開き、芸人たちは精一杯の芸を見せてくれます。演劇や音楽など活動しにくいジャンルが少なくない中で、演芸界のこの動きはどこか奇跡のような気がします。
各席の入場制限なども少しだけ変化しています。上野鈴本演芸場と浅草演芸ホールは、飲食しながら気楽に過ごしてもらおうと定員を50パーセントに絞り、左右の席、前後の席を空けて座る方式を続けています。入場時の検温と、開演中のマスク着用は必須で、上野鈴本は念のために禁酒を打ち出しています。浅草は軽い飲酒は認めてはいますが、泥酔したり大声を出すようなお客さんは、屈強なお兄さんたちの手で外に連れ出されたりするでしょう。
一方、新宿末廣亭と池袋演芸場では席数制限を解除し、ほぼ座席数いっぱいまで入場できるようになりました。新宿では、その代わりに場内での食事を禁止したので、食事は見る前、または見終わった後に外の店でどうぞ。入場時の検温と、開演中のマスク着用は必須で、両席とももともと場内での飲酒は禁止です。
芸人さんたちにも、感染予防のために不必要に楽屋に長居したり、楽屋が密にならないよう通達されていると聞いています。小屋と出演者が協力して寄席を守っているという形ですが、これがあまりに長く続くようだと、どこかでしわ寄せが出てきます。ワクチンと治療薬ができて、誰もが安心して動ける日が一日も早く訪れることを願うばかりです。
せっかくなので、11月の面白そうな「芝居」をいくつかご紹介します。
上野鈴本演芸場、11月上席(1~10日)の夜の部は、トリに入船亭扇辰師匠、仲入り(休憩)前に橘家圓太郎師匠という古典の本格派を配し、夜席らしいしっとりした雰囲気が味わえそう。中席(11~20日)の夜の部は、トリに三遊亭天どん師匠、ほかに春風亭百栄師匠、古今亭駒治師匠、鈴々舎馬るこ師匠ら新作・改作派が揃い、こちらも楽しそうです。
新宿末廣亭、上席の夜の部は、トリに柳家蝠丸師匠、仲入り前に人間国宝の神田松鯉先生、さらに芸協期待の若手が出演。中席の夜の部は、林家たい平師匠がトリをとる芝居です。
浅草演芸ホール、上席の昼の部は、トリに隅田川馬石師匠、師である五街道雲助師匠が仲入り前をつとめる味わいのある芝居。中席の昼の部は、爆笑派の桂文治師匠がトリをつとめ、笑福亭鶴光師匠、古今亭寿輔師匠、三遊亭笑遊師匠ら個性的なベテランが脇を固めています。
池袋演芸場、上席の夜の部は芸協の新真打披露興行。中席の昼の部は、コアなファンが多い柳家小満ん師匠をトリに、孫弟子の柳家わさび師匠、ベテランの柳家小はん師匠、ご存知林家正蔵師匠らが登場します。
国立演芸場は、上席は五代目三遊亭金馬・三遊亭金翁(四代目金馬改め)襲名披露興行、中席は芸協の新真打披露興行。9月・10月に採用していた2部制を改め、ともに13時開演(前座は12:45~)の昼の部だけの興行。終演予定は15時過ぎです。
晩秋から初冬にかけてのこの時期、ふぐ鍋食べたり、旅に出たりと、季節感のある落語のネタも豊富に揃っています。概してそれほど混みあわないとは思うので、体調のいい日、気の向いた日に、ふらりと遊びに行ってみてください。
浅草演芸ホールの看板猫ジロリ
1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。