『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。
2023.12.15
今や、サンマの不漁はニュースになるくらいだが、はたしてサンマは国民的な魚なのか?
サンマという魚について考えてみたい。
サンマには昔からたくさんの呼び名があった。東京ではサンマ、大阪ではサイラ、あとはサヨリ(標準和名サヨリとは姿が似ているので紛らわしい)と呼ぶところがあり、ほかにはバンジョ、スズ……。呼び名が多いのは、北海道から九州にかけての日本海、東シナ海、太平洋と日本中にいる回遊魚だからだ。ちなみにアメリカ大陸沿岸、太平洋東岸にもいる生息域の非常に広い魚でもある。サンマは日本海域だけで考えてはいけない。
「高級魚」となったのは太平洋を南北に回遊しているサンマである。日本海にも独自の群れがいて、ときどき大量にとれて関東にもやってくる。
サンマは古くから全国的に食べられてきた魚のように思われている。落語「目黒のさんま」を引き合いに出し、焼くと煙がもうもうと上がり、いかにも脂がのっている様をテレビなどで見るが、江戸の町には安房・上総(現千葉県)で秋深まる頃にとれたものに塩をして送られて来ていた。江戸時代には沿岸に近づいてきたサンマしかとることはできなかったのだ。脂の乗った個体は三陸周辺までの沖にいる。南下とともに沿岸に近づき徐々に痩せて、脂も消えてしまう。この時季のサンマに脂がのっていたとは思えない。だいたい江戸っ子は脂の強い魚を好まなかったはずだ。
サンマの存在感が増したのは網漁が発達してからだろう。江戸よりも三重県・和歌山県の紀伊半島の方が歴史は古そうである。三重県では「正月さん」の数え歌(正月に欲しいものを数え上げていく正月さんの歌は、日本各地に残る)に、正月に食べたいものとしてサンマが登場する。紀伊半島の海辺でとれた産卵後の痩せた個体を砂浜に干す。それこそ砂浜が埋め尽くされるほど大量に干し上げて、山間部に送っていた。保存性優先の硬い丸干しである。
もっと遙かに古いのは日本海佐渡である。初夏に産卵で岸に近づいてきたバンジョを、手づかみでつかまえる原始的な漁法があった。意外に知られていないが朝鮮半島でも盛んにサンマを食べている。
歴史を考えても、サンマを古くからの国民食のように喧伝する人がいると、不思議な気がする。本来、ローカルな魚だったのである。国内に動力船が導入され沖合に出られるようになると、北海道東沖や三陸沖で漁が始まり漁獲量が格段に増える。豊漁時には沖縄にも送られ、沖縄の魚の価値観を変えてもいる。海外にも輸出していた。全国的になるのは高度成長期になってからだと思っている。
台湾や中国のサンマ漁を問題視する人がいるが、サンマという魚の存在を海外に知らしめたのはこの国だし、漁船も輸出している。もっと問題の根元から考えてしかるべきだ。
サンマなどの回遊魚を浮き魚という。巻き網や棒受け網で海面近くに上がってきた群れを一網打尽にする。浮き魚の特徴は好漁期と不漁期の波があることだ。1970年前後にも不漁があった。「サンマが1尾100円もしている(現在の値段に換算すると5倍近くになる)」ので主婦が大騒ぎしているとニュースにもなっている。それも数年で解消して徐々に漁獲量が増え、豊漁期が訪れた。
2023年は12月になっても、サンマが入荷してきている。三陸産だというが、非常に安い。しかも痩せている。北海道産もあることからすると、北の海域での海水温が高いのだろう。ほんの4、5年前には年末のサンマの入荷はあり得なかった。鮮魚としていちばんいい時季ではないし、10月くらいから冷凍保存されていたからだ。この冷凍保存されていたサンマがあるから年がら年中サンマが食べられ、缶詰、開き干しが安かったのだ。
だいたいサンマは鮮魚として流通するよりも加工品原料として流通する方が多かった。このままでは長年貯蔵してきた冷凍加工原料もきっと尽きるだろう。実際、安値安定を続けてきたサンマの開き干しの値段がじわじわと上がってきている。将来の加工原料は大丈夫なのだろうか。そのうち、加工原料不足がニュースになるに違いない。今現在、過去に冷凍保存した原料で作られている開き干しは1尾200円くらいだが、これが500円、1000円になる可能性がある。サンマの缶詰も同様だろう。
今年は去年よりもいいとはいえ、鮮魚のサンマは漁期全体では高値安定で、高級魚そのものだ。これで3年連続の高値安定なので、サンマは高級魚だと言い切ってもよさそうである。
昔、初競りのサンマといえば7月中旬の小型刺網でとれたもので、その前に漁の見通しなどを話し合う、サンマ会議なるものまで行われていた。初サンマは東京都築地の市場内でもお祭り騒ぎで紙の 幟 が大量に立てられて、大口の仕入れ人に対しては幟が配られていた。初物好きの多い東京で、初競り120グラムサイズで1尾3000円(もちろんもっと高いものもあった)ついたときに大騒ぎしたことがある。初競り後の数日は1尾1200円前後、その内1尾1000円を割り、8月になると1尾200円くらいになっていた。大型の棒受け網漁が8月に本格化すると180グラムや200グラムクラスが市場、スーパーなどに並び、庶民的な値段で買えた。
今年のように北海道での初漁船の帰港が8月18日になったこと自体が異常である。この初競りのキロ単価(1キロあたりの値段)が、ご祝儀相場だとはいえ13万円だったという。120グラムで「大」だというのも異常(本当の大は160グラム以上)だが、1尾1万6000円になる。
漁が本格化するのは9月下旬であった。昔は5キロ版だった荷(発泡の箱に5キロ入り)がこのところ何年も2キロ版になり、12尾入り(12尾で2キロなので1尾170グラム前後)はとても庶民の買える値段ではなくなっている。ボクの住んでいる八王子周辺の市場ではせいぜい13尾入り(1尾155グラム前後)で、それでも1尾700円から800円もした。
サンマの不漁が過去に見るように浮き魚の好不漁の波そのものだったら、数年後には好漁期がくるだろう。しかし、それがもしも温暖化の影響だとしたら深刻である。
冬の紀伊半島のサンマの丸干しの食文化も、すでに数年前から危機的な状況にある。この食文化が消滅する可能性も出て来ている。
サンマの不漁は温暖化のせいではなく、長年繰り返されてきた好不漁の波であって欲しいものである。
徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。