『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。
2024.6.27
ちょっと専門的な話も交えて、新しい高級魚の話をしたい。
水産生物とヒトとの関わりを調べていると、ときに魚と闘っているような気持ちになることがある。とりわけ温暖化で登場した新参者がやっかいなのである。似たもの同士の区別がつかないときがある。なんどもなんども魚を見つめては問題点を探り、また探りでノックアウトされそうになる。
2024年6月半ば、目の前にあるのは伊豆諸島神津島の南東沖にある銭州で知り合いが釣り上げた「メイチダイ?」である。体長31cm、1.1キロもあるのでメイチダイにしては大きすぎるし、見た目からもメイチダイとは言い切れない。このメイチダイのようで、メイチダイでない魚は長々半日の間、ボクを思考停止状態に追い込んでいる。ついでに、非常に高かったこともつけ加えておく。
メイチダイはほんの数年前までは非常にマイナーな魚で紀伊半島以外では安い魚だった。それがいつの間にか魚類の中でももっとも高い魚の仲間入りし、1キロあたり1万円以上(100グラムにするとわかりやすいなら1000円である)になることがあり、超高級魚トップ3に君臨することもある。
ちなみにクロマグロの初競りの値段は、決して損をする人がいるわけではないので文句を言う筋合いはないが、あれは実際の値段ではない。1日限りの茶番である。メイチダイの場合は、旬の数ヶ月にわたって魚の値段とはとても思えないほど高い。夏から秋口にかけての買い(競りに参加)は、清水の舞台から飛び降りる気持ちになる。
このメイチダイとして取引されている魚に3つのタイプがある気がしてきた。2形はメイチダイとサザナミダイだ。体長(上唇から尾鰭のつけ根までの長さ)30センチ前後の個体ばかりを検索(種にたどり着くためのチェック)していくと、どちらともいえないものが浮かび上がってくる。
体長60センチを超え大型になるサザナミダイの若い個体に見えて、サザナミダイ特有の細波斑(頬に波状の青い斑紋)が波状ではない。それでは体長30センチ前後にしかならないメイチダイか、と思えば頬にコバルトブルーの小さな斑紋がある。
この謎の魚はメイチダイとはとても思えないが、メイチダイとして高値で取引され、一度も文句が出ていない。味に変わりがないからだ。メイチダイは体長30センチ以下とされている。それ以上になるので、魚は大きい方が高いという原則通り100パーセント、メイチダイ以上の値段がついている。
もともとメイチダイは温帯域に多い魚で、熱帯域に多いサザナミダイと一緒に揚がることはなかった。日本列島付近の水温が上昇して、サザナミダイも近場で揚がるようになって中間的な種がいるらしいことがわかってきた。
この悩ましい魚を魚類学者に問い合わせると、専門家が研究をすすめており、新種になる可能性があるという。「今はメイチダイということにしてください」と言われたので、「メイチダイ?」ということにする。
余談になるが、新種とか、新発見とかいろんな表現がある。新種とは、世界中で新しい種として認められ新しく学名がつくということ。新発見とは、すでに新種として学名がついている種で、主に熱帯でしか見つかっていなかったのが「国内海域で初めて見つかった」ということである。ともに魚類学者がそれを証明(論文を書く)するためにやることは膨大である。
論文を書く著者(第一著者という)の人生を信じられないくらい消費する。たぶんこのメイチダイでもなくサザナミダイでもない中間的な魚に取り組んでいる魚類学者は、すでに何年もかかっているのだろうと想像している。
ちなみにメイチダイは日本の海域で長崎にいたシーボルトらが採取してオランダに持ち帰り、シュレーゲルとテミンクが1844年に書籍として発表して記載した。サザナミダイはフランスのアシル・バランシエンヌが1830年に記載している。記載するときには必ず標本が必要となる。これをタイプ標本という。ということはこの2種のタイプ標本は19世紀のもので、オランダとフランスにあることになる。
場合によってはオランダとフランスでタイプ標本に当たる必要が出てくる。この19世紀のタイプ標本が今もちゃんと残っていればいいが、保存状態も様々だと思う。消滅していることもある。日本列島の魚で古いものでは、リンネ(スウェーデン。二名法という、学名のつけかたの基本を作った分類学の父)が記載した18世紀のものだってあるのが分類の世界なのだ。新種記載をすることは時空を超えることでもある。
それに加えて、今重要なのが遺伝子解析である。世界中の生物の遺伝子が記録整理されようとしている。
沖縄県以外で水揚げされるメイチダイの仲間(メイチダイ属)はメイチダイ、シロダイ、サザナミダイの3種で、この「メイチダイ?」な個体を加えると4種ということになる。旬はシロダイ、サザナミダイ、「メイチダイ?」が6月から8月くらいまで。メイチダイが7月から11月くらいまでだ。この4種の味は見わけがつかないほど似ている。非常にうまい。
念のためにメイチダイの仲間を紹介しておく。分類学的にはスズキ目フエフキダイ科メイチダイ属の魚で、世界中に約12種類いる。
国内には、和名はついていないが新種と確認された1種を加えて9種類。もっとも北に生息域を持つメイチダイ、小笠原諸島、琉球列島に多く徐々に北上しているシロダイ、琉球列島に多く紀伊半島などで増えているサザナミダイ、琉球列島にしかいないナガメイチ、マユヒキメイチ、オナガメイチ、タマメイチ、ツキノワメイチ、和名なし、だ。ここに1種類増えると10種類いることになる。
このような「メイチダイ?」な魚を2年間で5個体も食べているので、食べる前からうますぎた記憶が蘇って涎が垂れそうで恐い。
同じ「メイチダイ?」を買った知り合いのすし屋店主は、去年からこの「メイチダイ?」に魅了されているという。見つけると必ず仕入れて帰っているが、兜煮(煮つけ)は、店の者しか知らない秘密の味だそうだ。常連さんに気まぐれに兜煮を注文されると、まかないが寂しくなってがっかりするらしい。
脂が乗っているので刺身にしてうまい以上に煮物にしてうまいのである。うまい魚の多くはすし屋の店主がアニキ(売れ残り)になって欲しいと思う魚だとも言える。
当方も6月、この最高峰を堪能し尽くした。次が待ち遠しいが名前(標準和名)が変わっているやも知れない。
徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。