三賢社

— Web連載 —

高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第10回
スター集団フエダイ科、おいしければ超高級魚

2025.4.10

未知の魚、平凡な値段の魚が、流通上で高級魚になるまでの時間が急激に短くなっている。たとえば、昭和以前(100年以上前)から東京都内に来ていたであろうキチジ(きんき)は、それほど安くはない魚だったが、普通に大衆食堂などでも食べられた。これが、70年以上もかかって、とても庶民の手の届かない高級魚になった。

今、未知の魚が流通上で高くなるのには、数年程度しかかからない。まったく誰も知らなかった魚が、突然、高級魚になることも少なくない。何度も書いていることだが、高級魚を作り出すのは流通のプロと、プロの料理人だ。ある時点までは、一般人とはなんの関係もないところで高級魚が作られている。水産流通のプロ達の世界は、急激に情報の時代になっているのだ。

魚を調べているため、たくさんの種類の魚を大量に集めて、値段や季節ごとの味の変化も見ている。もちろん流通上でも魚を買うが、ときどき漁港の競りの写真を送ってもらい、漁港にいる買受人(競りに参加して魚を買い受ける人)にお願いして、競り落としてもらったりもしている。この目星をつけた魚の競りの時間が、なんともわくわくどきどきする。

鹿児島県鹿児島市の市場で、2024年に3回、今年になって1回、競ってもらって手に入れられなかった魚がある。ゴマフエダイである。手に入れたい魚があると、自分なりに過去の相場を調べて、相場以上の値段で競ってもらう。4回も競りに参加しているので、競り負けるたびに、競り値の上限を上げているのに、また競り負けているのは、それだけのお金を支払っても手に入れたい人がいるためだ。

4月になり、やっと小さな個体が送られて来たが、小さすぎて平凡な味であった。それでもしっかり高値がついているところがすごい。

今回の主役の話は「あまり知られていなかった沖縄だけの食用魚が、突然、大都市圏で高級魚となった」その一例である。もちろん新しい高級魚にアンテナを向けている魚屋限定ではあるが、高値がついたのはプロも認める味だったからだ。

ゴマフエダイは全長1.5m以上になる大型魚で、比較的浅いサンゴ礁や岩礁域にいる。熱帯域に多い魚だが、生息域は広く南半球のオーストラリア、地中海の東部海域にまで及ぶ。ここ数年、国内では、山陰や岩手県でも見つかっているが、温暖化が急速に進んでいる証拠である。

主な産地は古くは沖縄県だけだった。それが2020年頃には鹿児島でも珍しくなくなり、そのうち、紀伊半島でもとれ始めるようになった。この海域では、年々大型が揚がるようになってきており、産地をみても徐々にだが北上していることがわかる。

おいしいのに、あまり高くなかったのは見た目が地味だからだ。赤い魚なので沖縄では「赤んしゃ(赤い魚)」などと呼ばれているが、くすんだ赤だし、大きな鱗にはゴマ状の黒点があり、薄汚れて見える。この黒点から「胡麻笛鯛」という名がついた。

ちなみにほんの10年くらい前に、沖縄県の漁師さんから、何度も「おいしいから、持って帰れ」と言われている。「なぜこの魚が安いんだろう」と聞かれたこともある。何度も食べているので、味がいいのはいやというほど知っている。わかっていながら食べる度に味に魅了される。これは高級魚を通り越して、超高級魚になるぞ、と思っていたら、案の定、今や超高級魚である。

手に入れにくくなって考えても遅い気がするが、確かにこれほど味のいい魚も珍しい。脂がのっているだけではなく、身(筋肉)に味があるのだ。たくさん食べても、飽きが来ない。血合いがきれいなので、料理のプロにとっても完璧な魚だともいえそうである。

温暖化でタイ科に代わってフエダイ科が高級魚の代名詞になりつつある。いまだに腐っても鯛などといっているのは、一般人だけである。今のところ、流通上でも知っている人はそんなに多くないが、産地である九州、四国、紀伊半島などでも知名度が上がりつつある。

これまた何度も書いているが、温暖化でとれ始めた高級魚は、地元での呼び名がないので、標準和名(図鑑などで使われる名)で売られる。関東周辺に来ているゴマフエダイは、今現在、産地からも標準和名のゴマフエダイでやって来ている。これも、産地にも情報化の波が押し寄せている証拠である。

もしもゴマフエダイを食べたかったら、一刻も早いほうがいいだろう。ここ数年でとても手の届かない魚になってしまいそうだ。

ゴマフエダイの刺身 | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「ゴマフエダイの刺身」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。