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中村伸の寄席通信 | 三賢社のweb連載

第4回
国立演芸場の定席

2020.08.29

三宅坂の国立劇場の敷地内に国立演芸場がある。となりは最高裁判所で、ちょっと歩くと内閣官邸や国会議事堂。皇居や桜の名所でもある千鳥ヶ淵にも近い。

その国立演芸場でも、毎月1~20日の主に昼間は、落語の「定席興行」がある。上席(1~10日)と中席(11~20日)とで番組が変わるのだが、この定席もコロナ禍の影響で3月~7月末まで休席していた。この間、落語協会の新真打披露興行や、落語芸術協会の六代目神田伯山真打昇進襲名披露興行もあったのだが、それらもすべて中止になり、前売り券を買っていた人たちを悲しませた。

ようやく8月1日に再開した定席は、感染防止を重んじるために11時頃に始まる「第1部」、14時過ぎに始まる「第2部」との2部制。観客は総入れ替えで、各回の上演時間は2時間ほど。落語と色物の芸人が5組出て(前座の高座を除く)、チケット代は1600円(前売り、当日券とも)。チケットを購入する際、名前と緊急連絡先の記入を求められる寄席はここだけだ。

見に行ったのは8月18日第1部の桂文治師匠の芝居。客席は例の通りの前後左右に人がいない「市松模様」のような配席。座ってはいけない席には、きれいな紙のカバーがかけられている。

11時5分に前座さんが登場するころにはそれなりに座席は埋まり、子ども連れのお客さんもいて、会場の雰囲気は明るい。ちなみに、プログラムに書かれた開演時間は11時15分だが、前座さんはそれよりも前に高座に現れて一席を演じる。寄席になじみのある人にはありふれた風景だが(前座の一席は寄席では料金の内に入っていないのです)、驚いてプログラムを見返しているお客さんもいた。

続いて二ツ目の桂鷹治さんが登場し、いきなり「青菜」に入る。古典落語の中でも人気のある夏の噺で、主任(トリ)が高座にかけてもおかしくない、いわゆるトリネタの一つ。このあと十数組が出てくるふだんの寄席ならば、さすがに初っぱなに「青菜」はない。5組しか出ないと、それぞれの芸人さんの役割や責任の重さも変わるようだ。

お屋敷住まいの夫婦の品の良さに憧れた植木屋が、長屋に戻って同じことを女房にやらせようとする、そのオウム返しの後半部分がコミカルで面白く、期待の二ツ目の面目を十分に保ったいい落語だった。

そこから、数々の新人賞を受賞した漫才の母心のコンビ、中堅真打の桂歌若師匠、音曲の桧山うめ吉師匠の唄と踊りがあり、あっという間にトリの桂文治師匠が登場。

故郷の大分県宇佐の農村風景や、そこで虫取りをして過ごした少年時代の思い出をマクラに喋り、ここから何のネタに入るのだろうと思っていたら、
「太郎作やぁ」
「なんじゃ、次郎作」
「よく照りよるのぉ」
というようなお百姓さんの会話から始まる「雨乞い源兵衛」だった。

日照り続きで、このままでは作物がダメになる。何とかして雨を降らせなければというので、先祖が雨乞いをして雨を降らせたことがあるという源兵衛にお鉢がまわる。そんな方法など伝え聞いたことがない源兵衛は困惑するが、
「村には気の荒い連中も多いでなぁ」

と、庄屋は脅すようにして源兵衛に雨乞いを命じる。すると、なぜかその明くる日から雨が降り出し、今度は一向に降り止む気配がない……。天候なんてものは、人の力ではどうにもならないと伝える、猛暑の夏にぴったりの笑いと哲学に満ちたこの噺、関西の小佐田定雄先生が桂枝雀師匠のために書いたもので、これを東京の落語家で聞いたのは初めてだ。

文治師匠がFBを通してそっと教えてくれたところによると、この噺がやりたくて小佐田先生に許しを得、上方落語の若手に稽古をつけてもらったとのこと。じつに楽しく、押し出しの強い文治師匠にぴったりの一席だったと思う。2時間の寄席というので、あまり多くは期待していなかったのだが、この落語を聞いただけで元はとれた。

ちなみに9月の国立演芸場は、上席が春風亭柳好師匠(第1部)と昔昔亭桃太郎師匠(第2部)、中席が橘家圓太郎師匠(第1部)と三遊亭圓丈師匠(第2部)がトリをとる。国立演芸場のHPを見て、どうしても見たい「芝居」はチケットを予約しておくといいだろう。入場制限をしていて、席数はふだんの半分もない。

国立演芸場の定席 | 中村伸の寄席通信

座れない席には紙のカバーがかかっている。館内売店は休業中

中村伸の寄席通信 | 中村伸 なかむら・のびる

中村伸なかむら・のびる

1961年東京生まれ。出版社勤務からフリーランスに。編集者、伝記作家。著書に『寄席の底ぢから』(三賢社)。落語は好きで、DVDブック『立川談志全集 よみがえる若き日の名人芸』(NHK出版)や、『談四楼がやってきた!』(音楽出版社)の製作に携わる。ほかに水木しげる著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』、ポスターハリスカンパニーの笹目浩之著『ポスターを貼って生きてきた』、金田一秀穂監修『日本のもと 日本語』などを構成・編集。