三賢社

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高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 ぼうずコンニャク 藤原昌髙

高級魚事典後記温暖化でビッグバンする高級魚

『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。

第2回
まだまだ謎が多い、オシャレコショウダイ

2023.3.24

2023年3月雛祭りの日。豊洲市場を歩いているとき、三重県志摩から「定置網で揚がったので買いませんか?」と連絡が来た。確保しなければとは思ったものの、豊洲場内の魚に気を取られている隙に買われてしまった。この魚、温暖高級魚のメッカ、鹿児島県ではすでに高級魚である。同じ三重県でも県最南端に近い熊野では高値がついており、この波はやや北にある志摩地方にも到達しそうなのだ。安い内に買っておきたいというあせりを感じて切歯扼腕する。

3月(2023年)の第2週には鹿児島で揚がった。残念なことに今度も買えなかったが、都内の料理人が買ったので水洗い(鱗を取り、三枚下ろしにする)に立ち会い、味見させてもらう。脂がのっていて刺身をはじめ最上級の味だった。イサキ科の魚の旬は晩春から初夏である。3月なのにこんなにうまいとは思ってもみなかった。後ろ髪引かれながら「半身分けておくれ」とお願いしたら、「こんなうまいもんやれるか」と鬼顔に豹変された。

2010年以前、琉球列島を除く沿岸域に普通にいる体高(泳いでいる魚を真横から見たときの高さ)のあるイサキ科の魚は、コロダイとコショウダイの2種類だけだった。国内でよく知られているイサキは体高が低くスマートだが、そのイサキに代表されるイサキ科は、体高のある種の方が多い。当時はそのこと自体も知らない人がほとんどだった。

昔から本州にもいたこの2種は、見た目がいいのに高値がつかない不思議な魚でもあった。4キロ、5キロにもなるので、ある意味漁師さん泣かせの魚だ。1キロ以上の大型のイサキの方が何倍も高かったからだ。

このときまさか、本種、オシャレコショウダイをはじめ体高のある新手のイサキ科の魚が、ぞくぞくと登場(北上)してくるなんて想像だに出来なかった。

この魚にはいい思い出がある。温暖化が顕著でなかったとき、九州の業者さんから突然魚が送られて来た。箱にはコロダイとあり、「コロダイはいらないな」と思いながら開けたら本種が入っていたのだ。「(コロダイと)模様が違うから念のため」と、送ってくれたようだ。

当時、コロダイに似ているオシャレは、九州などでとれはじめていたが、流通のプロはもとより、魚類学者さえ知らないという珍魚に近い存在だった。

沖縄本島で初めて手に入れたものに次ぐ個体で、ありがたいやら、うれしいやら。本種がコロダイに似ているがために、混同されている事実もわかったし、似ているがためにこんな幸運にも恵まれたことになる。野締め(漁の間に死んでしまったもの)で、かなり体が傷ついていたが、北緯の高い九州で揚がった個体は脂がとてものっており、非常にうまい魚であることが確かめられた。

過去に何回も手に入れている魚だが、それでも探し続けている。旬のことなど知りたいことがいっぱいあるからだ。この魚には謎がある。最初に沖縄県で見つけて買ったものは、宅配便で送り、帰宅した日に受け取り、鮮度がいい状態で食べることができた。残念なことに、平凡な味というか上品な白身ではあるが味がなかった。ところが数年後、鹿児島県から来たものは脂があった。それからまた数年後、宮崎県から送られてきた活け締め(生きている内に即死させて血抜きしたもの)は、想像を絶するほど脂がのり、うま味がやたらに豊かだったのである。これは高くなる、と思った通りに今や高値がつくようになっている。

沖縄県と九州でなぜこんなに身質が違うのか? 旬は? 沖縄の個体は12月水揚げ、宮崎の個体は2月水揚げだ。重さはともに1キロほどなのにまるで別種の魚に思えた。沖縄周辺のエサと九州でのエサが違うためか? あまりにもうまいので食いたいという欲もあるが、この謎を解くためにも、もっとたくさん食べなければならぬ。

話は1970年前後に遡る。魚類学を勉強し始めて不思議に思ったのが、この時期、国内で初めて発見された熱帯域の魚が増えて、標準和名が大量につけられたことだ(原則的に国内海域で揚がるとつけられる)。答えは簡単だった。1972年に沖縄が返還されたからだ。本種もその突然増大した熱帯域の魚のひとつなのだ。標準和名も沖縄でとれた個体でつけられたと思うが、だれがつけたのかは不明である。見た目からして、他の熱帯性の魚と比べて取り立てて派手でも、おしゃれな外見でもないのに、なぜ「おしゃれ」なのかは我がサイトの課題のひとつだ。

さて、温暖高級魚のスターであるメイチダイは時季になると万超え(1キロあたり1万円)するのが当たり前になった。そしてこの、3月鹿児島のオシャレだって高級に超をつけてもいい値段だったのである。きっとその内、メイチダイ並みになると思う。温暖高級魚のスター誕生である。

オシャレコショウダイの刺身 | 高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚「オシャレコショウダイの刺身」
高級魚事典後記 温暖化でビッグバンする高級魚 | 藤原昌髙 ふじわら・まさたか

藤原昌髙ふじわら・まさたか

徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。