『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』では、温暖化と高級魚、新高級魚と旧高級魚の話などなどを書いた。
書き加えたい話や、新しい情報も多々あるので、気がついたことを1年を通して書きとめる。
2023.08.28
2023年7月末、鹿児島県産のシロダイがやってきた。予想外に高かった。送料込みだが、1.2キロでほぼ1万円もしたのだ。魚の値段を調べて、相場はわかっているつもりが、本種の高騰に気づけていなかったことになる。その直後に、今度は大物釣り師が銭州群島で釣り上げた1.5キロをくれた。大散財したショックから立ち直る前なので、ショックが重なり、もっと早くくれたらなー、と切歯扼腕する。
高くておいしい魚だが、なにもこんなに大量にやってこなくてもよかろうに、と心がへこんだが、いざ食べてみて、すしにもつけてもらったら、あっと言う間に消え去ってしまった。それほど夏の本種は味が抜群にいい。
シロダイは相模湾伊豆諸島以南、南はオーストラリア北部に広い生息域を持つ。全長50センチ以上になる魚で、最近とんでもない値段で取引されているメイチダイと同じ属(フエフキダイ科メイチダイ属)の魚である。当然似ていると思われるかも知れないが、同属であったとしてもこの2種のように見分けがつかないほど似ている魚はめったにない。普通の方には、並べてもよくよく見ないと違いがわからないと思う。
このフエフキダイ科を説明するのは非常に難しい。昔、鯛型魚類という分類法があり、本種なども含まれていた。姿はタイ(タイ科マダイなど)に似ているので、その仲間ではないか、という発想からスタートしたのだと思う。タイに形は似ているが、赤くはなく、とても地味だし、血合いが赤くない。
フエフキダイ科の多くは熱帯・亜熱帯に生息している。本州などで揚がるフエフキダイ科の種が、増えれば増えるほどは温暖化が進んでいることになる。例えば、相模湾以南の本州でとれていたのはメイチダイ、ハマフエフキとイトフエフキの3種が主で、他の種は「発見された」といった感じだった。本種は、小笠原海域以南にいたものが、遙かに北の八丈島周辺で普通に釣れ、紀伊半島や愛媛県南部など本州、四国で、宮崎県、鹿児島県の九州でも揚がっている。おいしい魚が揚がるのは結構なことだが、冷静に考えると非常に危険な兆候でもある。
水産の世界では、1960年代に小笠原が返還され、定期便の就航で、魚がやってくるようになった。そこにはハタ類、フエダイ類にくわえて何種類かのフエフキダイ科が含まれていた。本種も、小笠原便の定番的なもののひとつであった。プロの間で、初めて本種が知られるようになったのもこの頃だ。ただし標準和名(図鑑などに掲載されるときの名)のシロダイはほとんど知られていなくて、小笠原諸島での呼び名「ぎんだい」で取引されていた。
東京など関東では長年、夏の白身が少ないことに困っていた。そこに夏が旬の本種がやってきたので、すぐに高値がつくようになる。しかも、小笠原から来る魚は珍しいこともあり、東京の新しい高級魚としてすぐに受け入れられた、と言ってもいいだろう。
さて、本種の呼び名に、「糞鯛(くそだい)」がある。直截的な言葉だが、水揚げ後の処理が悪いととても嫌な臭いがするのだ。考えてみると、メイチダイも臭い魚だとレッテルを貼られたことがある。要するにメイチダイなどフエフキダイ科の魚は活け締めにし、血抜きをしてはじめて上物になるのだ。小笠原は遠いがていねいに扱った状態で来る、それが東京で早くから評価されていた要因である。
さて、小笠原特産魚とも言えた本種が鹿児島県からも来るようになった。しかも航空便なので、水揚げ後翌日には豊洲など東京の市場にやってくる。これも本種の認知度と評価を上げたと思っている。鹿児島は東京から距離では遠いが、物流では近いのだ。
そして温暖化である。比較的近場で揚がるようになり、活魚で水揚げして、最新の仕立てで入荷するようになると、メイチダイ同様評価が上がるのは必然と言えるだろう。ちなみにメイチダイ属の魚はすべておいしい。メイチダイが最初にブレークし、次いで本種、そしてサザナミダイ。これを、メイチダイ属3種としたい。
だいたいちゃんと仕立てた本種は食用魚として万能に近い。煮ても焼いても、ソテーしても素晴らしい。ただし、高値をつけている理由は刺身でうまいからである。
刺身にして唯一の難点は、色が単調なことかもしれない。雪のように白く、筋繊維も少ないために作り物のようなのである。見た目ではヒラメ以上に単調かも知れない。ヒラメの単品刺身にあれこれ妻を飾るのは色味に欠けるせいである。ただヒラメの透明感のある白は多くの人に知られている。本種など新参者で困るのは、説明しないとダメな点であろう。
とにもかくにも口に入れれば、思わずため息が出るくらいうまいのである。旬の夏にはたっぷり脂があり、口溶け感が感じられて、うま味成分が豊かなための甘味も加わる。味のボリュームが大きいのだ。
たぶん食べる側もだけど、料理店でもこの刺身だけでも元が取れたと思うはずである。
徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれ。ウェブサイト「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」主宰、40余年にわたり日本全国で収集した魚貝類の情報を公開し、ページビューは月間200万にのぼる。『ぼうずコンニャクの日本の高級魚事典』(三賢社)、『からだにおいしい魚の便利帳』(高橋書店)、『すし図鑑』『美味しいマイナー魚介図鑑』(ともにマイナビ出版)など著書も多数。